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まちづくりニュース

市民参加・協働のまちづくり
[雑感]十七条憲法にワークショップのこころを発見
2004/6/29


・筆者は、東京ランポの仕事や個人的な仕事で、ワークショップ型の会議を実施したり、市民や自治体職員の皆さん向けにワークショップのやり方をお教えしたりする機会が多い。

・ワークショップは、通常の会議に比べ、参加者全員が積極的に参加できるように「工夫」された会議である。(1)意見を出すための工夫、(2)意見を整理するための工夫、(3)結論を出すための工夫、といった3点が「工夫」の大きなポイントである。
 これらの「工夫」をこらすために、様々な技法がすでに開発されている。また、ワークショップの企画者やファシリテーターは、そのつど新たな技法も考案しながら、ワークショップを実施している。
 筆者のワークショップ理論については、別の機会に整理してご紹介したいと思っている。

・さて、今回は、「ワークショップに参加するにあたって必要とされる心構え」を、意外なところで発見したので、紹介したい。
 それは、かの有名な、聖徳太子の「十七条憲法」においてである。
 604(推古12)年にできた「十七条憲法」と、いかにも現代風な「ワークショップ」がなぜ通じ合うのか?まずは、十七条憲法の第一条をご覧いただきたい。

 和(やはら)ぐを以て貴(たっと)しとし、
 忤(さか)ふること無きを宗(むね)とせよ。
 人(ひと)皆(みな)党(たむら)有り。
 亦(また)達(さと)る者少し。
 是(ここ)を以て、或いは君(きみ)父(かぞ)に順(したが)はず。
 乍(また)隣里(さととなり)に違(たが)ふ。
 然れども、上(かみ)和ぎ下(しも)睦(むつ)びて、
 事を論(あげつら)ふに諧(かな)ふときは、
 事理(こと)自づからに通ふ。
 何事か成らざらむ。

 調和を大切にすることを目標として、
 道理に逆らわないことを主義としなさい。
 人間は誰しも党派、利害というものがあり、
 それを超越して達観できる者は少ない。
 したがって、上の人々にたてついたり、
 よその集団と対立したりしがちである。
 しかし、そういう不和、争いを抑制して、
 上も下もそれぞれむつまじく平静に仲良く論議するならば、
 自然に正しい結論が得られる。

 ※ 長谷川三千子氏の読み方、訳文を参考にした。

・人と人が話し合う場には、もちろんいろいろなタイプのものがある。国会・議会のように、たとえ互いの主張が平行線であっても、最後は多数決で決めざるを得ないものもあるし、裁判のように、互いに主張しあった後、第三者の判断に委ねて白黒つけざるを得ないものもある。
 一方、ワークショップという場は、特定の人たちが他の人たちを言い負かして従わせる場ではなく、様々な考えや立場の人がいることを知り合ったうえで、各自が最初考えていたことよりも、もっとよい結論をみんなで得るための場である。

・そのため、参加にあたっては、人の意見を聞いてみたうえで、自分の意見とどう調整するか、という姿勢を持っていることが大切である。ワークショップという場を設置すれば、自然に利害対立が解消すると期待する向きもあるが、実際は参加する人のもともとの心構えが大切であると思う。
 自分の主張を押し通してやろうと意気込んで参加した人が、他の人たちに受け入れてもらえず、途中から参加しなくなるという話は、よくあることである。これは、ワークショップが意外に寛容でないというより、そもそもワークショップに向かない人もいると考える方が自然である。

・ともあれ、「ワークショップに参加するにあたって必要とされる心構え」を、見事に言い切っているのが、十七条憲法の第一条である。
 よくワークショップにおける合意形成の方法について聞かれることがあるが、十分議論を尽くして全員が承諾するというのが理想であるし、実際にそのような決着を見ることが多い。これは、まさに「事理自づからに通ふ」という表現がしっくりとくる状態である。
 聖徳太子自身が、いつもそのような理想的な会議を行えたのかはわからない。ただ、蘇我氏の権勢のもとで王権の確立に苦慮した太子にとって、そのような気持ちを周囲に持ってほしかったことは確かかもしれない。

・ワークショップが単に外来の発想ではなく、日本人の思想にも通じるものであることは、知っておきたい。
 ちなみに、最終条である第十七条にも学ぶところが多い。
 曰く「夫れ事(こと)独り断(さだ)むべからず。必ず衆(もろとも)と論(あげつら)ふべし。少(いささけ)き事は是(これ)軽し。必ずしも衆とすべからず。唯(ただ)大きなる事を論ふに逮(およ)びては、若(も)しは失(あやまり)有ることを疑ふ。故(かれ)、衆と相(あい)弁(わきま)ふるときは、辞(こと)即ち理(ことわり)を得(う)。」
 自治体の首長や議員、職員の皆さんに心得てほしい条文である。

・なお、ここでは「ワークショップ」の心構えとして論じたが、「市民参加一般」に変えて考えていただいても通用する。

(東京ランポスタッフ・庄嶋 孝広)

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